my hometown 敷地編(2)

はじめての家づくり

2021.03.04(Thu)

 

前回の打ち合わせが終わってから、ご夫婦からは何の音沙汰もなかった。

新しく土地を探されているか、あの日の僕の対応が悪かったのかわからなかったが、

確かめるようなことはしなかった。

商売気がないとよく言われるけど、せかされて買うものでもないと思うからだ。

「いつまでに建てたいんです」という人は、いつの間にか「いつまでに」が目的になって

どんな暮らしをおくるという本来の目的を見失われることもあるが

ご夫婦の印象としてその心配はなかった。

 

あれから4か月ほどたったある日、

「またいくつか候補が見つかって、一緒に見に行っていただけませんか」

奥様からメールを頂いた。文面からは、なんとなく今度こそいい土地が見つかった

というニュアンスを感じた。

 

今回はご夫婦とお子様2人と僕の計5人で自転車で隊列を組み、敷地を見て廻った。

そのうちの有力な候補の一つは、やはり南向きで古家付きだった。

「道路の反対側は公園で将来的に建物もたたないし、日当たりも問題ないし、いかがですか!」

と案内された。

立派な門扉があって中の様子はよくわからなかったが、東側の大きな住宅が気になった。

少し離れた公園側に集まり、建物を見ながら

「よく見つけられたと思いますが、朝日がおそらく全く遮られてしまいます。

お子様が朝食前にダイニングテーブルで予習をされるほどみなさま朝型ですし、

また希望されている家庭菜園をどう確保するか・・うーん、ここはいかがでしょうか・・・」

と自分が感じたままをお伝えした。

 

ここではないということが僕にははっきり分かったし、

それと同時にご家族にとって大切な一つの要因が見えた。

 

ご夫婦は少し意気消沈されたかのように見えたが、

気分を取り直してその他の候補地を巡った。

分譲地を見かけた時、ご主人が止まり、

「ここも良さそうなんだけど建築条件が付いているんですよね・・・」と僕に教えてくれた。

返す言葉もなく、そうですねとうなずきながら

先ほどの物件をパッと見ただけでやめたほうが良いと言った自分を少し責めた。

 

一通り見終わって結局これだという敷地はなかったが、

「手に入らないのはわかっているんですけど、私の理想の家があって・・・」と奥様が言うと

「え-、あれ?」そんなの見たって仕方がないやんとご家族は言わんばかりの表情だったが、

「是非連れて行ってください」と僕がお願いして見に行った。

僕は、何かもっとご家族の価値観に触れたかった。

 

その物件は、100坪ほどの敷地中央にポツンと小ぶりな古家が建っていた。

家を囲むように畑や草木が植えられていて、住人の暮らしぶりをなんとなく想像できた。

具体的にこの部分のここがというよりは、ご家族の理想の暮らしを垣間見たような瞬間だった。

 

それからご自宅へ戻り珈琲をご馳走になっていると

「僕の生まれ育った辺りは、土地は南向きじゃないと!そういう感じだったから、

そういうものかなぁと思っていましたけど、朝日は確かに大事ですよね。」

とご主人がそう言ってくれた。

あの細長い土地も話題には上ったが、やはりお勧めすることは出来なかった。

 

前回よりもたくさんお話しできて、ご家族のことをさらにわかり始めると

いいご家族だなぁ、できれば最後までお付き合いしたいという気持ちも僕の心に芽生えていた。

お自分の中でぼんやりと「実家」像に近づいた手ごたえも感じたけれど

ご家族の暮らしにピッタリくる土地があるのかどうかは、わからない。

ご家族にとって何かお役に立てた実感もなかったし、

もう僕には連絡を頂けないかもなぁと少し寂しさを感じながら帰路についた。

 

数日後、自分も敷地を探してご提案することを考え、

物件を探し始めたが数日でやめた。

 

結構物件もあったが、良し悪しの判断が上手くできなかった。

まだ何かを提案できるほど、ご家族への理解がきっと足りないのだろう。

こういう状態で、個人的な欲で動くと大切なことを見落としたり、

ご家族の選択を混乱させることにもなりかねない。

 

逸る自分の気持ちを静めるように

もし、ご家族が諦めて建築条件付きの土地を購入されたとしても、

それはそれでいいんじゃないか!

ご家族の幸せを思うと少し気持ちが軽くなった。

 

余計な手出しをするよりも、今はまだ見守ることにした。

 

 

 

 

#佐野泰彦建築研究所

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